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東北美人の印象

2011
19
August

かなり主観が入りますが、私の経験によると東北美人の最大の特徴は肌の色が白いということです。白いといっても欧米人的な白さではなく、陶器のような白さといえばよいのでしょうか。その次の特徴として、目は一重で、顔のおうとつが少ないということです。沖縄や鹿児島の人と比べれば一目瞭然で、一昔前に流行った言葉で言えば「しょう油顔」の典型です。さらに体型は、胸やお尻が大きいということです。以上のような特徴に私は引かれます。東北美人とよく言いますが、私の周りにいる東北出身の方も、実際にものすごく美人の方がいらっしゃいます。その女性は習い事の先生だったのですが、まず目鼻立ちのバランスがとても綺麗でした。特に目が大きいとか、鼻が高いというわけでもないのですが、そのバランスがとにかく清楚で上品で、あとは口の真ん中がお山のようにクっとあがっているのがとても印象的でした。色白かと言われると特にそんな印象ではなかったですが、お肌はとてもきめ細かくてお綺麗で、そこもすごく羨ましかったです。年が私が習った当時でもう40代の方でしたが、本当はすごくお喋りで面白い方なのに一見すごく落ち着いて見えて大人っぽい感じで、そのギャップがまたひきつけられるものがありました。
 東武鉄道は7日、東京・墨田区で建設中の東京スカイツリーについて、来年5月22日に開業すると発表し、入場料金も公表した。

 第1展望台(350メートル)への入場料金は、大人が2000円、就学前の幼児600円などで、100メートル高い第2展望台にも上るには追加料金が必要だ。ただ、開業から約1か月半は完全予約制となり、指定料金500円が加算される。

 ほかのタワーなどの大人料金をみると、東京タワーの特別展望台(250メートル)は1420円。六本木ヒルズスカイデッキ(270メートル)は1800円となっている。

 震災津波に多くの集落がのみ込まれた宮城県北部沿岸部は、高齢化率が高いうえ、避難による住民流出が人口減に拍車をかけている。「復興」の掛け声が大きくなる一方で、集落を維持するための模索が続く。

 「いらっしゃいませ!」。5月28日、すずりの名産地で知られる石巻市雄勝(おがつ)町に、威勢のいい掛け声が響いた。周囲は依然がれきの山だが、水産物や野菜、すずりなどを扱う19商店のテントが軒を連ねた。商工会や漁協などでつくる実行委員会が「雄勝に人を呼び戻したい」と開いた「おがつ復興市」だ。

 市によると、震災前(2月末)の町の人口4300人が、現在は4分の1の1000人弱にまで減った。仮設住宅を希望する約560世帯のうち、町内を望むのは約150世帯にとどまる。復興市実行委員長で商工会長も務める沢村文雄さん(63)は「復興の青写真を早く描かないとどんどん人が離れていく。行政の対応を待っていられない」と焦る。

   □  □

 「先祖代々の土地にもう一度戻ってきましょう」。石巻市内で5月29日に開かれた大谷川浜地区総会で、木村幸七区長(当時)が呼び掛けると、拍手がわいた。

 牡鹿半島の大谷川浜地区では、高さ20メートル以上の津波が全26世帯をのみ込んだ。牡鹿地域は高齢化率が市内で最も高い38・7%(08年)で、避難所生活を逃れ、市街地へ移るお年寄りが相次いだ。ただ「できれば戻りたい」というのが住民の思いだ。木村さんは「一度外に出たことで団結心は強まった。一刻も早い再建を行政にお願いするしかない」と話した。【村尾哲】

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 「がんばろう」「がんばっぺ」。被災地で当たり前のようにかけられる言葉が、岩手県大船渡市の仮設住宅で1人暮らしをする永沢イク子さん(74)にはつらい。約45年間営んできた理容店は津波に流され、仕事も、人の役に立っているという実感も失った。「働きに出ている人には『がんばっぺな』って言葉が当てはまるけど、私は仕事をしたくてもできない。がんばろうとしてもできない」

 16歳で理容師の見習いになり、26歳で美容師の夫と結婚した。酒好きがたたったのか、夫は8年前に亡くなり、1人で理容店を切り盛りしてきた。「椅子が二つの店で、貧乏暮らし。家にシャワーもつけられなかった」

 3月11日、大きな揺れに襲われ、理容店の床にしゃがみ込んだ。小学6年と2年の孫娘を学校に迎えに行き、中学校の講堂に避難。寝ようとしても、寒さのあまり10分もすると目が覚めてしまう。約10日後、孫娘の母の次女(42)と再会し、次女のアパートに避難した。しかし気兼ねもあり、5月下旬から大船渡市大船渡町の仮設住宅で、再び1人暮らしを始めた。

 仮設は壁の薄いプレハブ造りで、激しい風雨の日はものすごい音がして、壊れるのではと思った。「無性に大きな声を出して泣きたくなる。独りでいると涙が出てくるんです」

 被災地を視察した精神科医の野田正彰・関西学院大教授(67)は「生きがいをなくしたお年寄りは多い。がんばる方向がなく、待っているしかない。お茶会など仮設住宅の住民が話をする機会があれば励みになる」と話す。

 今月4日、永沢さんの元に注文していた散髪用はさみが届いた。知人の散髪をするようになり、少しずつ張り合いを感じ始めたという。【根本毅】

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